Oct 30, 2005

「葉桜の季節に君を想うということ」(歌野晶午)

歌野晶午と言えば「新本格」ちうイメージでずっと覚えておりまして。デビュー作の「長い家の殺人」がイマイチ好みやなかったので、全くその後を追いかけることもしてなかったのであります。が。2003年の「このミス」で「葉桜の季節に君を想うということ」がいきなり1位になったわけですよ。「えー、どーゆーこっちゃら」と思ったワタクシ、何はともあれこれは読んでおこーと思ったわけであります。

で、一気に読んでみたっすよ。最初「社会派?」とか思う流れが出来てまして。「ハードボイルド?」な雰囲気もかもし出しつつ、「うーん、いっぱい盛り込んだちうことが評価されてるんかなー。でも何かいっぱい話しがプチプチ飛んでるよーな気がするなー」と、低めのテンションで淡々と物語を追っておりました。

が。「ある1点」で「なんですとー」と目が点点になりまして。「ちょっと待ってくれー」状態っすね。ワタクシ、また元に戻って読み直してしまいましたですよ。いやー、こーゆーパターンのヤツは、「『○○○』みたいなやつですわ」とかいろいろありますが、そんな話って、他の部分が全部そのネタ振りになってたりして、その「ビックリ」のためだけに話作ってたりするやないっすか。これはそれとは一味ちゃうのです。

何が一味違うかちうと、別にこのビックリがなくても、ちゃんとストーリーは成立するのであります。「ちょっと社会派な冒険話」ってジャンルあたりで。ところがこのビックリをかますことによって、「バーモントカレーにインスタントコーヒーをちょっと入れたようなコク」が生まれてしまうといいますか、「プリンに醤油をかけたらウニになっちゃった」(なりません)なことになるといいますか、ま、とにかくこのビックリを入れると入れないで、全然違う話になってしまうとこがすごいとこなのであります。

話の内容としては、霊感商法の被害者を軸に、ちょっとシビアな話が展開されたりするので、ハードな話が苦手な人は最後にたどり着く前に「こらあかん」って引かれちゃう可能性があると思われます。が、チャレンジャーな方はチャレンジしてみて下され。たぶん読んだ後、いろいろ考えることが出来て楽しいっすよ。推理小説的な部分もありーの冒険部分がありーの、ちみっとサスペンス調もはいりーの、盛りだくさんであります。読んでて「楽しくなる」ちうよりは「ドキドキする」って感じかな。

全部読んだ後でタイトルを読み直すと、これがまたなかなか感慨深いもんがあるのであります。タイトルうまいっすね。装丁は京極夏彦ちうことで。これまたキレイではないですか。

最近、ちょっと話題になった本はすぐ映画化されたりしちゃいますが、これに関しては「やれるもんならやってみやがれ」でありますね。「ハサミ男」みたいな強引なことはやめてもらいたいもんであります。「できないもんはできない」でほっとけばいいのになー。

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