Sep 13, 2009

「世界屠畜紀行」 (内澤旬子)

「家畜って、どーやって捌いてるのん?」って質問が、いろんなタブーを含んでるってのは、重々承知してるワタクシでありますが、正直「テクニカルな面を詳しく知りたいな」と思っておりまして。

魚とかやったら、よく職人さんが「血抜きをちゃんとしないとおいしくないんだよー」とか、技をかっちょく披露してたりするではないですか。あーゆーかっちょいいとこが知りたかったのですよ。ギャートルズみたいに叩き殺して輪切りにしてるわけやないし。

そんなワタクシにとって、「そーそー。これが知りたかったのですー」を全部含んだ本が、こちら「世界屠畜紀行」。その名のとおり、世界中の家畜を捌いてる現場のレポートであります。牛、豚、羊、ヤギ、ラクダ、犬と家畜も多種多様でありますが、各国の「どや」といわんばかりの「匠の技」が目白押しで紹介されてます。

しかもイラスト入りですよん。マンガっぽくなくて「スケッチ」って感じのイラストで(表紙にある感じ)、妹尾河童の「河童が覗いた」シリーズっぽい絵と思っていただくとわかりやすかも。色が付いてないんで、スプラッタがダメダメなワタクシでも大丈夫でありました。

世界各国の匠もすごいのですが、ワタクシ的にはやっぱり「日本@東京芝浦と場」の技がすばらしすぎて、「さすが日本」。ちなみにこれ読んでから家では進んで国内産の肉を食べるようにしております。リスペクトです。少々高くてもしょうがないっす。家やったらちょっとしか食べへんしね。

芝浦と場に3ヶ月くらい通って、豚と牛の捌いてるさま、各工程を全部スケッチしてあるわけですよ。基本的に気絶させて血抜きした後は、つるされて各工程をラインで回る形になってるのですが、どこの人がどんな作業をしてますってのを、一人一人レベルで追っかけてて、えらいことになっております。

「皮むき(東京は皮は豚革に加工するのです)」の工程ひとつとっても、どの人がどこまでナイフで向いて、その次の人はエアナイフでどこまでむいてってやってて、逆サイドでは、頭を外すためにどこにナイフをいれーのって、細かい細かいー。内臓の中身がもれないように、食道側と直腸側をきゅって縛ったりしてるような「細かいけど大事な工程」も全部入っておりますです。

魚と圧倒的に違うとこは「温度が高い」ってとこですねー。当たり前のことやけど体温あるから内臓とか40度くらいあるのですねー。夏場はほんまに大変そうで、汗で長靴がジャボジャボになるそうな。O157やBSE対策もすごく頑張ってるように見えるなー。

おっと。東京のことだけでこんなに盛り上がってしまいましたが「世界紀行」なんで、韓国とかモンゴルとかバリとかエジプトにインドにアメリカと、もっともっといっぱい紹介されておりますよ。でもそんな海外のを見れば見るほど「東京のはすごいよ」って感じであります。

ちなみに、沖縄も紹介されてたのですが、沖縄は豚の皮むきがないとか(食べるから)独自路線があるよーで、ちょっと違う工程で組まれておりまして。これはこれで「こんなとこが違うんやー」って感じで面白かったっす。

著者の内澤さんはワタクシと同じ年なのですが、「世界でどーやってるのか見たいー」って意気込みだけで、この全部の取材を自腹でやってたそーでありまして、さすがに「好き」な人がまとめただけあって、わかりやすいし、捌いてる人に対する尊敬が伝わっていいレポートでした。

今はブログによりますと、自分で豚を3匹育てて、それを捌いて「みんなで食べよう」って催しを企画してるっぽく(ブタのPちゃんを思い出しますが)、これもそのうち本になると思うので、楽しみにしたいと思いますです。

Sep 02, 2009

「ブックデザイン ミルキィ流」(ミルキィ・イソベ)

「本のデザイン」っちうのは「表紙をデザインする人」やと、長らく思ってたワタクシ。和田誠とかの印象が強かったのかなー。ま、文庫派やったせいもあるのでありましょー。

ところがこの本を読んで、目からウロコがポロポロです。「そんなとこまでデザインしてたんやー」とビックリ仰天やったのでありました。

ミルキィ・イソベさんちう人は、「ブックデザイン」をお仕事にしてる人なのですが、この本の中で「自分がデザインした本」をピックアップして、「この部分はこーいう意図でこーデザインしましたよん」を解説してくれてます。

中身も写真や図解でわかりやすく説明されてるので、Amazonの表紙画像んとこにある、「その他のイメージを見る」で、どんなんか見てみてくださいませ。

で、その中身ですが、目次を紹介するとわかりやすいかもなので、紹介しましょー。

 1. 読む人のデザイン
 2. 写真集・作品集のデザイン
 3. ブックデザインの考え方
 4. テキストのデザイン
 5. 特殊加工
 6. ケースのデザイン

1は「文芸書」等、「文字がほとんど」みたいな本のデザイン。主に表紙・カバー・帯・目次・章扉等の「本文以外」のとこのデザイン例。「どことどこを揃えるとキレイ」とか、帯の幅とかねー。勿論「紙はこれ」とかも決めるわけですよ。

2は「写真集」等、「写真」がメインとなってくる本のデザイン。本の中身の写真の配置や順番、トリミング等を行った例。ページの中の配置とかのデザインも込みでやるわけですね。

3は「ブックデザイン作業の工程」の紹介で、「話が来る」→「クライアントの意向を聞いて方向性を決める」→「案を出す」→「修正」等々、1冊仕上げるまでの流れが説明されてます。

4は文芸書とか「字がメイン」の本の「テキスト部分」のデザインについて。「1ページに何文字を何行いれるか」とか「上下左右の隙間をどれくらい空けるか」とか「行間をどれくらいとるか」とか「紙の色をどの『白』にするか」等、これまた細かくデザインされておるのです。

5は主にカバーとかで使ってる「ボコボコ」とか「穴あけ」等の特殊加工についてで、6は「箱」入りの本の「箱」のデザイン例。

ね。めっさ盛りだくさんでしょー。とりあえずこれを読んだら、家にある単行本を全部カバー外して見返したくなりますよん。「お、こんなコネタを見逃してた」とか「あ、これは目次に手を抜いてるわ」とか、再発見の嵐になること確実です。

ワタクシ的に一番面白かったのは「3.ブックデザインの考え方」かなー。作家の人から目線での「装丁はダレダレにお願いしていい感じになりました」みたいな意見ってのは、よくエッセイで登場するわけなのですが、それの逆パターンっていうか、ブラックボックスになってた部分がわかったってのが、すごく面白かったっす。

編集の人とのやりとりとかも、業種は違えど「あるあるあるー」な攻防が繰り広げられたりするわけですよ。「納期とお金」ってのは永遠のテーマですなー。

ミルキィさん自身も、この本を「編集者にも読んで欲しい」って思ってるとこがあるみたいで、要するに「ここまで考えてるんやから、そっちもここまでこだわって作りましょうよ」って意見が結構入ってたりします。

確かにねー、「そこはわからんのでお任せ」とか「そこはもー適当でいいですよ」とか、作る側からしたらちょっと下がるよーなこと言うクライアントさんは多いからなー。ほんでまた「わからん」って言いながら「予算はこんだけでよろしくー」ってことばっかし言われるわけでー。

おっと、知らん間にグチモードに入ってしまったですー(´・ω・`)

後、「4.テキストのデザイン」も「これは申し訳ないけど気が付きませんでした」な部分やったですねー。言われてみたら、本によってページのデザインのされ方とか、章扉とか、目次って違うもん。「違う」っちうことはデザインされてるわけですよ。

「本文」に関しては、出版社によって「ここはもーこっちでやります」って別作業になることも多いそうなんで、最近はデザインしない場合もあるそうなのですが、やる場合は「行の頭に1文字残ることは避ける」とか、「単語の途中での行変えは避ける」とか、「確かにそのほうが読みやすいよなー」な工夫がこっそりされてたりするのですね。

いやー、「ブックデザイン」すごいっす。こーゆー風に例をあげつつ「具体的に」仕事をちゃんと説明してくれると、本屋さんで新しい本とか見る楽しみが出来てウレシイであります。「本の中身」しか興味がなかった人も、これを読むと中身以外にも楽しみが出来て楽しくなりますよん。

※ ちなみにワタクシの家に「ミルキィ・イソベ」デザインの本、ないかな?って探したのですがなかったです。文庫ばっかしやからなー。「鈴木成一デザイン事務所」が多かったかな。

Jul 26, 2009

「べてるの家の「非」援助論 - そのままでいいと思えるための25章」(浦河べてるの家)

この本ははだいぶ前に、田口ランディが「読んだけど何て感想を書いていいかわからなくって、でも読んでくれー」って、どっかに書いててですね。

「どんな内容なんよ」と思って、すぐ買って読んだのはいいけど、ワタクシも「何かいていいかわからーん」状態になってて、感想をほったらかしてたのでした。でもお勧めなのです。

北海道の浦河に、精神病を持った人たちの集まる「社会福祉法人・べてるの家」(公式サイト)ちうとこがありまして。

「べてるの家」は「病気を治す」ではなく、いかに「病気と付き合いつつ社会生活をしていくか」を実践してるとこであります。

モットーは「安心してサボれる会社作り」「利益のないところを大切に」、「弱さを隠さず、弱さを絆に」等、「キレイ事」なもんが並んでますが、中身は完全に「ぶっちゃけ大会」であります。

普通「精神病の人」への漠然とした怖いイメージがあるやないですか。そこを「そんなことないですよー」じゃなく、「この人はここが大変でー」「この人はこんな時大変でー」ってザクザク言っちゃってるのですね。ぶっちゃけてるでしょー。

例えば年に一回行われてる「幻聴&妄想大会」ってのでは、自分にしゃべってくる幻聴さん(ここでは「さん」付け)の面白話をみんなが披露し、「その幻聴さんはおもろい!」って人は表彰されたりしております。(今年の大会の模様はこちら

「病気を治そう」と言う目標をたててないかわりに、病気と付き合いつつ社会生活をしていきながら「『何で発病したのかなー』とかを分析して発表(当事者研究)」することで、『病気』=『個性』として売りにもしてます。

現に、そーいう「当事者研究ビデオ」も作って売り出されててですね。各地で講演とかもやっちゃっててですね。「べてる」の現地にも研究する人がいっぱい訪れててですね。2002年の段階で年収1億円ですってよ、奥さま。

「病気があるのに仕事なりたつの?」とか「地元の人は文句言わないの?」とかありますが、当然いろいろ問題はあるよーでして。それでも「べてるがあってよかった」と関係者さんたちが口を揃えて言ってるわ、全国からどんどん人が集まってるわで、説得力ありすぎですね。

この本には、そんな「べてるの家」に関わりを持ってる「病院の精神科のお医者さん」「地元と患者さんをつなぐソーシャルワーカーさん」「患者さんたち」「地元の人たち」の寄稿の寄せ集めが載ってまして、いろんな角度から「べてるの家」が紹介されてます。

これ読んでの一番最初に思った感想は、「病んでる人や、その周りの人が読んだら楽になるやろなー」ちうことでした。現に自律神経がすぐ弱る傾向のあるワタクシはとっても勇気付けられましたですよ。

患者さんは「うつ」レベルじゃないシャレにならん病状がワンサカですが(強制入院とか)、病院通いで先が見えなくてブルーになってる人には、もう一個の出口を示してる本やと思われます。

Jul 05, 2009

「宇宙創成」(サイモン・シン)

 

「フェルマーの最終定理」(感想はこちら)、「暗号解読」(感想はこちら)、に続いてのサイモン・シンの「追っかけシリーズ」が、こちら「宇宙創成」(上下巻)であります。

内容は「昔から現在までで『宇宙(地球)』をどーわかってきたか」なので、最初は古代ギリシャからスタートですよ。やっぱし普通に見える「太陽」と「月」の関係性が、一番手っ取り早い謎なのですなー。

学校とかで習うとこって「今わかってること」を基にして、「最初にこの説を出した人がこの人ー」みたいに、名前を教えられるではないですか。「コペルニクス」とか「ガリレオ」とか「アインシュタイン」みたいに。

でも実際は、それ以外の人が「あーやこーや」やりもって、それを修正しつつわかってきたことが殆どなんで、「その人らだけがすごいってことでもないんやなー」ってのが、よくわかることになっております。

サイモン・シンの本は、題材が難しそうなものが多いのですが、「誰が何をしたか」と「そのときの世間の状況」を詳しく書いているので、専門家でもマニアでもないワタクシみたいな一般人にもとっつきやすいのですよ。

たとえばワタクシは「コペルニクス」「ケプラー」「ガリレオ」の名前は知ってたのですが、みんな『地動説』の人ってだけで、それぞれ「どー違うの?」がよくわかってなくてですね。

今回初めて「コペルニクスは初めて『地動説』を出した」、「ケプラーはコペルニクスの案が『円軌道』やったのを『楕円軌道』に修正」、「ガリレオは望遠鏡を作って観測して裏づけを取った」って違いがあるのがわかりましたーヽ(´ー`)ノ

最初のうちは「新しい観測結果」(よく見える望遠鏡)が出るだけで新事実が出て、どんどん説が変わるのですが、「光」の速度が出てきたあたりで「物理学」「数学」「天文学」が混ざってきちゃって、全部でつじつまを合わせようとしだしてるから大変大変ー。

宇宙の謎の解明に「ドップラー効果」が登場するとは、思ってもみませんでしたわ。

そんなん言ってるうちに「どーも、宇宙ってのはどんどん広がってるっぽいよー」「それも遠くにある星ほど、早く遠ざかってるっぽいねー」「ちうことは、最初は何もないとこから爆発したんでないのー?」「おー、そー説明しちゃうとつじつまの合うとこがいっぱいあるねー」ってなわけで、「ビックバン説」が誕生しちゃうわけですね。

この「ビックバン説」と「永久宇宙説(最初っからずーっとある)」の戦いが解決したのは、1990年代なんで60年くらい延々ともめてたってのも、えらい話でありますが、このあたりの話は「下巻」まるまる使って説明してくれてるので、堪能してくださいませー。

それにしても、どこの世界でも一緒やなーと思うのは「権威を持った年寄りがいるとこは、その人が死ぬまで新しい説に切り替わりにくい」ってことですね。

単行本は「ビッグバン宇宙論」って名前で出てるんで、図書館派の人はこっちの名前のほうが探しやすいかもですよ。

May 26, 2009

「ソクラテスの弁明 関西弁訳」(プラトン/翻訳:北口裕康 )

うちの会社の社長(まんちゃん)が関西弁に訳しました。最初から最後まで見てたワタクシとしては、あんまし客観的に感想を書く立場でないよーな気もしますね。

が、そんなことは気にしないで書いてしまうことにしました。なぜなら中身が面白かったからであります。

大体ワタクシ「ソクラテス」って言われても、何がすごいのかさっぱりやわ、「哲学」って言われても「哲学って結局何なん?」と思ってるわ、当然「ソクラテスの弁明」ちう本が昔から何冊も出てることも知らずやったわけですね。

なので当初は正直「なーんか、まんちゃん難しい本の仕事するんやー。たいへーん」と、全く興味なっしんやったのです。

でも、会社でずーっと一緒の部屋にいると、まんちゃんが「うーん」ってなってるわけですよ。「どーしたのーん?」って聞くと「いやー、ソクラテスさんの言うてることはわかるんやけど、どーも好きになれんわー」と困ってるのですよ。

ワタクシ「ほな、関西弁で喋る『言うことはわかるんやけど、何か好きになれんなー』って人のつもりで書いたら、ばっちしやーん」
まんちゃん「えー誰ー?」
ワタクシ「んー、○○とかー、□□とかー。あ、△△にしよーや」
まんちゃん「えー。でももうそこは米朝師匠に決めたからー」

なーんや。ちうわけでワタクシとしては、まんちゃんに「もっとソクラテスを好きになってもらおー」ってことで、かわいいソクラテスくんの絵を描いて「ほーらほら、ソクラテスくんがかわいくなったよー。好きになれそーやでー」とか遊んでたわけです。

そーこーしてるうちに、訳がどんどんあがってきました。ワードでプリントアウトしたやつを「読むー?」って渡されたので読んでたら、いきなりソクラテスさんが「アテナイ人のみなさん、」って語りだしてたんでビックリして、「どーゆーこと?」って聞いたわけです。

ほな「んー、『アテナイ人』ってのは「裁判官のみなさん」の意味やねんなー。ソクラテスさん訴えられてて、裁判にかけられてなー、これからいっぱい喋らはんねん」ちうことで。

ワタクシ「それって、被告人弁論やん」
まんちゃん「そーやでー」
ワタクシ「面白そーやん」
まんちゃん「しやから、面白いねんて」

実際、中身はほんまに「ソクラテスさんの被告人弁論」なわけでして。「何でこんなわけわからん罪で訴えられてんのかわかりませんが、裁判官のみなさん騙されたらだめですよー」ってことを、ひたすら喋ってる本であります。そら面白いわ。どこが哲学って言われたらわからんけども。

参考に、他の日本語訳の「ソクラテスの弁明」も見てみたのですが、結構堅苦しい訳が多いのですね。「哲学」って感じはするけどねー。古い日本語のも多いし。なんか「被告人弁論」ちうよりは「講演」に読めてくるのですよ。

その点でこの本は、ワタクシが大阪弁になじんでるってとこもあるのですが、「関西弁訳」は結構感情が出て来るのですね。裁判を起したメレトスさんって人に「どーゆーことか説明してくれるかー?」って詰め寄ったりするシーンもあるのですが、明らかに「ソクラテスさん盛り上がってるわー」なことになってて、こっちも一緒に「あわわわわ」ってなってしまったりするのが特徴です。

ちうわけで。「ソクラテスの弁明 関西弁訳」は、ワタクシ的に「とっても面白い被告人弁論本」としてインプットされたのでありました。一緒に「クリトン」って話も入ってるのですが、こちらは裁判後のソクラテスとクリトン(幼馴染)の会話話なので、これまたテンポ良く読めちゃいますよん(個人的にはこっちが好き)。

ただ今、全国の本屋さん、ならびにAmazon他のネット本屋さんで発売してるので、興味のあるかたは見ちゃって下さいな(装丁は學さんですよ)。

※ちなみに本屋さんに置いてあるPOPやポスターや本の応援サイトに、ワタクシが落書きしてた「かわいいソクラテスくん」の絵が採用されたので、見つけた方は「おー、これかー」と思って見ていただけると嬉しいっす。

※「Project 629」の物販コーナーで流してたアニメもついでに貼っておきますよん